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日吉大社にあるわが国最古の構造的石橋群

日吉大社にあるわが国最古の構造的石橋群

2021.1.15

大宮橋は橋脚をつなぐ貫(ぬき)と高欄の彫りの加工が精緻(L=13.9m、W=5.0m)

 大津市坂本にある日吉大社は、全国に3,800社以上もあるという日吉神社・日枝神社・山王神社の総本宮である。788(延暦7)年に伝教大師最澄が後に延暦寺となる比叡山寺を開いてからは、その護法神として崇敬を集めた。その後、延暦寺との間で神仏習合が進み、当社の神は唐の天台山国清寺で祀られていた山王元弼真君と一体と考えられるようになった。延暦寺の強大な勢力を嫌った織田信長は、元亀2(1571)年に「比叡山焼き討ち」を敢行する。これにより当社も灰燼に帰した。従って、現存する社殿は桃山時代のものが多い。豊臣秀吉は幼名を日吉丸といったことから、当社の再建に尽力したらしい。

 

 日吉大社の広大な境内を貫いて比叡山を源流とする大宮川が流れるが、そこに「日吉三橋」と総称される3基の石橋が架かっている。いずれも重要文化財である。これらも天正年間(1573~92年)に秀吉により寄進されたと伝える。当初は木橋であったが、1669(寛文9)年に現在の石橋に架け替えられた。爾来、350余年にわたってその姿を保っており、構造的な石橋としてはわが国で最も古いとされている。石造ながら木橋の構造そのままに造作されているが、それぞれ部材の構成が異なっているのがおもしろい。

 

 これに投じられている高度な技術は、坂本を拠点として近世に寺院や城郭の石垣や庭園に活躍した穴太(あのう)衆によるもの。大小さまざまの自然石をそのまま積み上げる穴太衆積みが著名だが、日吉三橋のような精緻な加工ももちろん得意とするのである。

図-1 走井橋は3本の方柱から成る橋脚の頭においた横梁が床板を支えるシンプルな作り(L=13.8m、W=4.6m)
図-2 二宮橋は縦桁と横桁を組み合わせた複雑で重厚な構造(L=13.9m、W=5.0m)
図-3 坂本の町の各所に見られる穴太衆積みの石垣

筆者:坂下 泰幸

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