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土木遺産㉖ 梨ケ原拱渠

土木遺産㉖ 梨ケ原拱渠

土木遺産㉖ 梨ケ原拱渠

2022.4.26

焼き色の異なる煉瓦で装飾を施した梨ヶ原拱渠の下り線側壁面

 

 神戸から門司まで通じている山陽本線の起源は、1888(明治21)年1月に設立された「山陽鉄道」に遡る。社長の中上川(なかみがわ)彦次郎(1854(嘉永7)~1901(明治34)年)は、当時隆盛であった瀬戸内海航路との競争を制するには長編成列車の高速運転が必要と考えており、勾配10‰以下、曲線半径300m以上にするよう強く指示していた1)

兵庫・岡山県境をどう越えるかというのは、会社が最初に直面したルート選定の難題であった。いくつかのルートを比較検討した結果、迂回は大きいが中上川の条件にかなうものとして、有年から千種川に沿っていったん北上し、上郡駅を過ぎたところで大きく向きを変えて舩坂隧道を目指して南西に走るルートを選定した。上郡駅から舩坂隧道まで鉄道は10‰の勾配で登り続ける。よって、船坂峠に近い梨ヶ原地区では、見上げるほどに高い盛土が長区間に渡って築かれることになった。盛土構造の鉄道が既存の里道や河川・水路と交差するところには橋梁が必要となる。当時の土木材料は主に煉瓦であって、山陽鉄道のこれらの橋梁も煉瓦造りであった。こうして梨ヶ原地区に鉄道が達したのは1890年のことであった。

 産業面でも軍事面でも重要であった山陽鉄道は、輸送力の増強のために複線化が図られた。勾配区間である上郡~三石間は他に先駆けて1906(明治39)年11月に完成した。この時、北側に線路が増設されている。現在の上り線がそれだ。煉瓦造りの橋梁も北側に拡張された。そして、その年の12月、山陽鉄道は、3月31日に成立していた「鉄道国有法」に基づいて国に買取られた。

 

船坂峠を西に越えた三石地区では、「三石の煉瓦拱渠群」が土木学会選奨土木遺産に認定されている。峠の東麓の梨ヶ原地区にも図-1に示す煉瓦橋梁があるようだが、本稿ではその中でも著名な「梨ヶ原拱渠」を見てみよう。これは、梨ヶ原集落の西にあるL=2.4mほどの煉瓦アーチ橋で、前後の道路とのつながりが悪いことや床面の様子から、水路に蓋掛けしたものであると思われる。

図-1 山陽本線梨ヶ原地区の煉瓦橋梁群

 

 1890年に完成した下り線側の様子は表題の写真のようなもの。まず目につくのは笠石が斜めになっていることだが、その理由は鉄道と下を通る水路・道路が斜交しているからだ。次いで特徴的なのは、スパンドレルに焼色の異なる煉瓦で装飾を施していることだ。この装飾は内部においてさらに顕著で、起拱線2)を色調の濃い焼過(やきすぎ)煉瓦で強調するとともに、イギリス積みになっている側壁部分の小口積みの段のみ通常の赤煉瓦と焼過煉瓦を3個ずつ配置するという規則性のある文様を描いている(図-2)。

 ところが、1906年に完成した上り線の様相は全く異なり、全面が黒っぽい焼過煉瓦で構成されている(図-3)。ここでは、側壁の端部に部分的に弧状煉瓦を用いて仕上げているところに特徴がみられる。完工後まもなく国の手に渡るという状況にあったにもかかわらず、丁寧な仕上げが施されている3)

図-2 赤煉瓦と焼過煉瓦で文様を描いた下り線側の内面
図-3 全面が焼過煉瓦で覆われた上り線側の梨ヶ原拱渠、側壁の端部にはコーナーに丸みをつけた弧状煉瓦が使用されている

 

煉瓦に関していえば、そのサイズが下り側と上り側で異なっており、前者では厚みが7cm近くあるのに対し後者では5cmほどになっている。また、一般的には焼過煉瓦は次第に使用頻度が下がっていく傾向にあるのだが、ここでは後に施工された側に焼過煉瓦が多用されているのも興味深い。

 

1)勾配を10‰(100分の1)以下に抑えることを口癖のようにしていたことから、中上川には「ミスターハンドレッド」というあだ名が付いたと言われる。

2)トンネルの内空面で、側壁部とアーチ状の上半部の境界となる線。

3)明治39年4月19日付「芸備日日新聞」に、山陽鉄道専務取締役の訓示が掲載されており、そこでは「起つ鳥は跡を濁さずと云ふ比喩の如く政府に引継ぎたる後も(中略)一点の非難なしと言わるる位に」したいと述べているという(長船 友則「山陽鉄道物語」(JTBパブリッシング)による)。

 

(出典) 「関西の公共事業・土木遺産探訪<第4集>」 p13

※上記の図書は書店では扱っておりません。お求めは(一財)阪神高速先進技術研究所HPをご覧ください。

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筆者:坂下 泰幸

 

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